学生時代、ホテルで配膳のバイトをしていた時期がある。披露宴のウエイトレスや、ホテル内の料理店での配膳が主な仕事だった。
　自給はいいし、普段は見ることができない『裏側』を覗けるのがなかなか魅力的だった。
　披露宴が始まる前、会場が開くまで待っているお客様に飲み物をサービスしていた。ウーロン茶、オレンジジュース、カンパリソーダ。
　カンパリ？
　まだお酒を飲む年齢ではなかった私はそのとき初めてその単語を耳にした。
　ドリンクを出すバーカウンター担当のおじさん（これがなかなかかっこよかった。）に、恐る恐るカンパリって何ですか？って聞いてみると、おじさんはオレンジの皮で作ったお酒だと教えてくれた。少し苦味があって、薬酒みたいなものだと。
　それ以来、お酒を飲むときはカンパリばかり飲むようになった。どこの飲み屋にもあるというわけではないのが残念なところだけど。
　お酒だけどちょっと体にいいかも、そんな魅力とあの苦味がたまらない。

随分前のことになるけれど、出張で岩手県の釜石市に何度か行った。
　初めて行ったのが冬の寒い時期で、仕事が終わった後、現地の上司や先輩と飲み屋に行くことになった。初めての場所でお店がどこにあるのかも分からない、夕食をコンビニで済まそうにもコンビニの場所さえ分からない、そんなときのお誘いだったので、喜んでご一緒することにした。まだ新人と呼ばれる頃だったので、奢りだったし。
　上司や先輩の都合で、お店には一足先に一人で行くことになった。
　店内でお水だけ飲んで過ごすわけにもいかず、しかもとても寒い日だったのでとにかく温まりたくて仕方がなかったので、ひとまず熱燗を頼んだ。お酒の種類なんて分からない。とりあえず温かいお酒を（お酒じゃなくてもよかったけれど、ここでホットコーヒーを出してもらえるとも思えなかったので）お願いすると、出てきたのが浜千鳥だった。
　釜石の地酒だそうで、残念ながらそのありがたみも何も私には分からなかったけれど、少なくとも体はとても温まった。
　その後上司や先輩も合流して、名前は忘れたけれどとても美味しい魚料理を食べさせてくれた。味噌風味でこってりと温まる魚料理。そして浜千鳥。
　寒い冬になるとあの日の光景を思い出す。

　就職して間もない頃、先輩や上司によく飲みに連れて行ってもらった。
就職したてでお金もないこの時期、誘ってもらえる=奢ってもらえるということなので、
晩御飯がわりによく飲み屋に行ったものだ。

　会社の人間御用達的なそのお店、置いてあるお酒もビール、チュウハイ、
日本酒とサラリーマン好みな感じで、はじめは何を飲むか相当迷った気がする。
カクテルしか飲めないので…なんて可愛いことを言っても仕方がなく、
今後の付き合いも考えてここはなにかしら飲んでおかないとね。

お酒の中で比較的飲めるのが日本酒だったので、とりあえず日本酒を頼んだときに、
お店の人に勧められたのが八海山だった。

　今考えてみると、どうして八海山だったんだろう？
　店主の地元が新潟だったのか、店主の趣味なのか、ちょうど目に入ったのか、
とりあえずいい値段のものを勧めたのか、それしかなかったのか…。

　いずれにしてもその後その店に行くたびに、八海山を飲んでいた。
　別にお酒に詳しいわけでもないしお酒が大好きっていうわけでもないので、
八海山の味とか詳しいことは分からないけれど、
上司や先輩が喜ぶ程度（お銚子２～３本）は飲んでいたかな。

今でも日本酒といえば八海山を思い出す。

兄は毎日晩酌をしているそうだ。
兄の子供がまだ小さい頃、空になったビールの缶を手際よく集めて新しい缶を差し出すという光景を見たことがある。
あの頃はビールだったけれど今はすっかり発泡酒になってしまったらしい。
そりゃああれだけの量を毎日飲まれたら、家計は大変なことになるだろう。
４０代半ばの兄は仕事も忙しいようで、毎日帰りは深夜になるらしい。
疲れて帰ってきて、晩御飯もそこそこにたっぷりの発泡酒に癒されて眠りに落ちるとか。
それが唯一のストレス解消法だと言われれば、仕方がない。
そのうち体調を崩してしまわないか心配だけれど、お義姉さんはもっと心配だろうなぁ。
もう諦めて何も言わないのかもしれないけれど。
そういえば兄が発泡酒以外のお酒を飲んでいるところを見たことがない。
日本酒もワインもウィスキーも、見たことがない。
日本の中年親父にはビール…というか発泡酒がよく似合うとは思うけれど、
まぁそんな妙なこだわりも兄らしいと言えばそうなのかもしれない。

連休中、帰省先で一年ぶりに兄に会った。
連日仕事が忙しい兄は、酒がなくては生きていけないようで、
毎日晩酌を欠かさず、一人で酔いつぶれて寝てしまうという生活を送っているらしい（妻子持ちなのに）。
兄と最後に会ったのは昨年の連休。
やはり兄は寝るまで酒を飲んでいた。
一人で。

帰省の手土産に自分で飲むための発泡酒をどっさりと買ってくるあたりが兄らしい。
量を飲むためには発泡酒で我慢しないといけないらしい。

もちろん金銭的問題で、お義姉さんにそうしつけられたそうだ。
帰省してくる兄のために両親も発泡酒を買いこんである。自分たちはほとんど飲まないくせに。
今年はそんな兄に付き合ってやろうと思って、いっしょに酒を飲んでみた。

何故か普段飲まない父までいっしょになって飲んでいた。
それぞれの愚痴を聞きながら。
年に一回、そんな日があってもいいかも。

発泡酒だったおかげで、翌朝の頭痛も少し軽かった気がする。
これが日本酒とか正当なビールだったらと思うと怖い怖い。